住民訴訟と議会による債権放棄について

20日(金)に最高裁で、住民訴訟により市長などの首長の損害賠償責任が認められた場合に、それを議会が債権放棄することの是非について判決がありました。

この議会による債権放棄の是非については、高裁判決が有効とするものと無効とするものに分かれており、非常に注目されていました。

また私個人としても、このテーマについては、「自治研究」という雑誌(自治研究第85巻第9号)に論文を発表してこともあり、注目していました。

 

結論としては、最高裁は、基本的には、議会による債権放棄の議決について議会の裁量を広く認める判決を下しました。私は基本的に、この判決の結論は妥当だと思います。

 

確かに、住民訴訟により、違法とされた公金支出についての首長に対する賠償請求権を議会の一方的な議決により放棄することについては、住民訴訟を提起した住民だけでなく、多数の人が、疑問を覚えるのは否定できない面があります。

しかしながら、他方で、このような地方議会の動きの背景には、住民訴訟自体の問題点が潜んでいることを見逃してはいけないと思います。

すなわち、近年、住民訴訟は量的にも質的にも拡大するとともに、住民訴訟の結果、首長に対して数億円を超える高額の賠償責任が裁判で認容されるケースが発生しています。

これについては、地方公共団体の首長の責任が重いといっても、個人のミスというよりも、組織のミスともいえる行財政のあり方に関連して数億円にも及ぶ個人責任を追及する住民訴訟は健全なものといるのか、住民訴訟のあり方としても、地方自治のあり方としても問題があるといわざるをえないと思います。

 

私は、住民訴訟については、行政の無駄遣いなど地方公共団体の行財政運営の改善に役立っている点について積極的に評価すべきであると思います。

しかし、他方で、上記のような首長に対する過度の過酷な個人責任の追及につながっているという弊害が生じており、議会による債権放棄は、こうした中で、住民の代表者で構成される議会が、このような弊害を是正するために、地方自治法により与えられた権限を行使している一面もあると評価できるのではないでしょうか。

 

ただ、留意すべきことは、議会による債権放棄は、当然のことながら、首長に賠償責任が発生していることが論理的な前提である以上、議会においては、このことを真摯に受け止めたうえで、(ア)責任の原因となった事実及び賠償の責任を負う額、(イ)責任を免除すべき理由及び免除額、(ウ)債務者の状況及び放棄することの影響・効果などを十分に審議することが必要不可欠であると思います。

したがって、首長の賠償責任をあいまいにしたままで、十分に審議せずに、安易に議会で債権放棄の議決がなされた場合には、住民訴訟の制度趣旨を没却するものとして、債権放棄は違法・無効と評価されるべきであると考えます。

 

そして、大切なことは、首長個人に対する損害賠償請求権の発生原因や賠償額などに照らして、妥当な範囲での責任を追及することであると思います。

具体的には、住民訴訟における首長に対する損害賠償権についての議会による権利放棄の議決は、首長による財務会計上の違反行為が、軽過失にとどまる場合は、一定の手続要件を満たせば、広く議会の裁量により債権放棄の議決を行うことが認められるが、故意又は重大な過失による場合には、原則として、議会による権利放棄は裁量権の逸脱又は濫用にあたり許されず、例外的に、議会においてやむをえない事情によるものであるとの判断された場合に、一部についてのみ債権放棄を行うことが可能となると解するべきであると思っています。

 

今回の最高裁の判決には、千葉裁判長の補足意見がついていますが、上記の私の意見と同じ方向ではないかと思います。

 

ただ、いずれにしても、この問題は、最終的には、地方自治法の改正により、立法上、首長の賠償責任をその責任に見合った適正な範囲に限定するための明確なルールを設ける方向で解決が図られることが望ましいと思います。