1月2019

労災の時効について

労災には、給付内容によって、2年と5年の時効があります。

 

労働災害によって疾病や傷害を負った場合に、労働基準監督署に請求を行うことにより、様々な保険給付を受けることができます。
給付の内容は、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料、傷病補償年金及び介護補償給付などがあります。

しかし、これらの請求権には時効があり、一定の期間を過ぎれば請求することができなくなるので注意が必要です。

 

①時効が2年のもの

療養給付、休業補償給付、介護保険給付、葬祭料がこれに該当します。

例えば、療養給付については、医療機関で療養に要する費用(治療費)を支払った日又は費用の支出が具体的に確定した日ごとにその翌日から2年経過すると、時効により請求できなくなります。

 

②時効が5年のもの

障害補償給付、遺族補償給付がこれに該当します。

例えば、障害補償給付については、傷病が治った日、すなわち症状固定の翌日から5年経過すると、時効により請求できなくなります。

また、遺族補償給付については、労働者が死亡した日の翌日から5年経過すると、時効により請求できなくまります。

 

なお、これらの時効は、労災保険についてであり、民法上の損害賠償については請求できる余地があります。

会社側の安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任を追及する場合は10年、会社側の故意・過失に基づく不法行為責任を追及する場合は3年、請求ができます。

 

労災事故が発生した場合、会社側は、労災事故として扱うことを避けようとするケースがあります。

いずれにしても、労災事故が発生した場合は、時効によって請求できない事態を避けるために、早めに行動することが必要です。

 

労災事故によりお悩みの方は、どうぞお気軽に当事務所までご相談ください。

 

配偶者居住権の創設について

民法改正により、平成32年4月から、「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」が認められることとなりました。

 

このうち、「配偶者居住権」は、配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、原則として配偶者の終身期間、無償で建物の使用収益を認めることを内容とする法定の権利です。

 

他方で、「配偶者短期居住権」は、相続開始時に被相続人の建物に無償で居住していた場合には、一定の期間、居住建物を無償で使用できる権利を取得するものです。

 

両者の大きな違いは、無償で建物に居住できる期間です。

前者は、「終身」つまり死亡するまで、後者は、「遺産分割の確定日」又は「相続開始の時から6か月を経過する日」のいずれか遅い日までとなっています。

 

そして、前者の権利は、相続人間の遺産分割協議で認められるか、遺言により遺贈されるかのいずれかの場合に認められます。

したがって、前者は、配偶者が現在住んでいる家に、死亡するまで住み続けることについて、相続人間で合意するか、遺言者で定められるかが必要となります。

 

これに対して、後者は、被相続人が死亡した後、相続人間で建物の帰属が決まるまでの間、配偶者が現在住んでいる家に、継続して住み続けることを認めるというものです。

 

これまで、特に、前者に関して、相続により自宅の所有権が共有になった場合に、共有物分割請求などにより、配偶者が住み慣れた家に住み続けることができないというケースがありましたが、この権利により、このような事態を避けることが可能になると思われます。

すなわち、建物の名義とは別に、遺言書で「配偶者居住権」を規定しておけば、残された配偶者は、死亡するまで、その家に無償で住み続けることができるようになります。

 

遺言や相続でお悩みの方は、どうぞお気軽に当事務所までご相談ください。

「名こそ惜しけれ」

司馬遼太郎氏は、その著書の中で「名こそ惜しけれ」という考え方が日本人の倫理規範の元になっていると述べています。

 

「自分という存在にかけて恥ずかしいことはできないという意味」であり、武士道として日本人ルーツとなり背景となる心の持ち方です。

「名」は自分自身の存在そのものであり、生きざまを映すもの。だからこそ、その名を汚してはならじ、その名において誇り高く生きるべし、と考えたのです。

 

もともと「名こそ惜しけれ」とは壇ノ浦の戦いを描いた「平家物語」の一節です。
「天竺震旦にも、日本我が朝にも、並びなき名将勇士といえども、運命尽きぬれば力及ばず。されども名こそ惜しけれ。東国の者どもに弱気見すな。いつの為にか命をば惜しむべき。いくさようせよ、者ども」

 

恥ずかしい行いや卑怯な振舞いは自分自身を辱めるものである、その精神が、その後の日本人の考え方・生き方の大きな礎となり今日にいたっています。

たとえ人が見ていなくても、自分自身の行いは天が知り地が知っている。何よりも、己の名にかけて誇れるものであるべきだと捉えるのですね。

 

私も弁護士として、この言葉を大切にしたいと考えています。

 

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