建物賃貸借における明渡義務と原状回復義務との関係について

建物の賃貸借契約が終了した場合,借主は,賃借物を返還する義務がある他,賃借物を原状に回復する義務が存在します(原状回復義務といいます)。
この2つの義務を巡って,トラブルが生じるケースが往々にしてあります。

 

例えば,マンションの一室を借りていた借主が,マンションの退去の時に,貸主に鍵を返したのに,貸主からは,部屋の原状回復が済んでいないから,部屋の原状回復が済むまで家賃を支払えと言われるケースが考えられます。このような貸主の言い分は通るのでしょうか。

 

この点については,2つの義務の関係に言及した裁判例(高松高裁判決平成23年1月24日)があります。

 

その裁判例では「本件賃貸借契約においては本件土地建設に設置した設備等を撤去の上明渡しをすることされているが、本来,原状回復義務は必ずしも明渡義務の内容となるものではな」いとした上で,「原状回復工事の内容に争いがある場合の当事者の合理的意思等の観点からすれば、新たな賃貸借の妨げとなり,あるいは被控訴人に過大な原状回復工事の負担をかけるような重大な原状回復義務の違背がある場合には、明渡し義務の不履行に当たるというべきであるが,そのような程度に至らない場合には直ちに明渡義務自体の不履行となるものではない。」と指摘しています。

 

この裁判例の指摘する一般論をどこまで演繹できるのかは,慎重に吟味しなければなりませんが,原状回復義務は必ずしも明渡義務の内容となるものではないと指摘している点は参考になります。

 

しかし,東京地裁判決平成29年11月28日判決は,①建物賃貸借について,契約終了時に借主が所有し,自己で附設した諸造作等を自費で撤去し、本件建物をスケルトンの状態に復して明渡すこと,②明渡が完全に終了しない場合は,完了するまで違約金の支払いをすることが合意されていた事案において,「本件賃貸借契約においては、原状回復を終えることが目的物の返還の内容とされ、原状回復を終えない限り本件建物の明渡しが未了とされることが合意されていたといえる。」と指摘し,借主が鍵を返還していたにもかかわらず,借主に,建物の原状回復工事が完了するまでの違約金の支払い義務があることを認めました。

 

つまり,賃借物の返還義務と原状回復義務の関係は具体的な事例を離れて決められるものではなく,個別の契約内容によって決められるのでしょう。

 

いずれにせよ,上記のケースのようなトラブルを避けるためにも,契約の当初から,賃借物をどのような状態で返せばよいのかを両者で十分に確認し,その内容を契約書の中で明確に定めるか,何らかの形で明確に残しておくことが重要です。

 

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